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栃木城

お城ネタの続編。

皆川氏と言えば、皆川広照が有名である。信長、秀吉、家康とも通じていたらしい。秀吉の小田原征伐の際は、最初北条氏について小田原城にいたらしいが、落城前に家康に投降している。その広照が築いたのが栃木城である。勿論、残っているのは城址であり、規模は小さいが、ここも栃木城址公園として管理されている。

公園の看板には、『天正十九年(1591)皆川山城守広照が皆川城にかわるものとしてこの地に城を築きました。』と記してあった。

栃木城址


公園は小規模なのだが、周辺の民家は結構立派で、次のことが記された看板が目をひいた。

『戦国時代、坂本與兵衛は、小大名皆川広照の家臣で、栃木城を守った。その報奨として、連歌の「巻物」を貰いました。その後、百姓となり、寺子屋を開きました。「巻物」が伝わっています。(長さ4m50cm)』
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2013/05/07 23:12 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

皆川城

私は、城を鑑賞することが好きである。まぁ、日本人は皆好きなんだろうけど。これまで、日本中の城、或いは城址を結構見てきた。残念ながら歴史的な役割を演じていた頃の城姿を残しているものは、きわめて少ない。むしろ、城址の方が圧倒的に多い。
城址は、それはそれで、当時の風景を勝手に想像出来る楽しみもある。先日、久しぶりに面白い城址を見る機会があったので紹介したい。皆川城址である。

現在は、皆川城址公園として整備されている。立て看板には、皆川城は、室町時代皆川氏を名乗った長沼秀宗が築いたと記されてあった。城は、山の形をそのまま利用したもので、「法螺貝(ほらがい)城」とも呼ばれているらしい。下の写真を見てもらえると雰囲気が伝わると思う。

法螺貝城

上の写真の右側から撮った写真が下の写真で、上の方に見える展望台として使われている櫓のある場所が、本丸のあった所の様だ。

皆川城


GW中に訪れて、一時間程度滞在した間に出会った人が一人もいなかったのは、寂しい限りだが、良い場所だと思うので、是非、興味がある方は、訪れて欲しい。
登城口ともなっている皆川地区公民館がある場所に駐車スペースもあるので手軽に車でもOK!

2013/05/07 20:16 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

巴波川界隈

GW前半、巴波川界隈に立ち寄った。
本物の鯉も沢山泳いでいるが、この季節ならではの風に漂う鯉
のぼりとその水面に映る姿がまた美しい。

巴波川界隈

2013/05/02 06:23 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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