FC2ブログ

cpuフル稼働の症状

私は、windows8.1を使っている。正確には、いつの間にかwindows8がアップデートされてしまった。おかげで、使えなくなったソフトもあり、困っている。
更に、最近、cpuの稼働率がなぜか80%となるという異常事態が発生した。cpuの主に占有しているプロセスを確認すると、どーも、使っているウイルスソフトであるカスペルスキーの様なのである。原因がわからないのだが、ウイルスソフトを削除するわけにはいかないので、、最近アップデートされたwindows関連ソフトをとりあえず、かったぱしからアンインストールしてみた。見事に事態は収まった。やれやれ。
スポンサーサイト



2015/06/30 22:33 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

マイナンバー

先日、ご老人に住基カードを見せて頂いた。運転免許証を所持していない方は重宝している様だった。しかし、住基カードの普及率は5%程度ということで、多くの人にとって馴染みがない状況だ。

住基ネット導入時は、個人情報との兼ね合いもあって、喧々諤々議論が行われたのを思い出す。当時の総務省長官(総務大臣だったかな?)の講演を聞いたことがあるが、住基ネットのセキュリティは絶対破られない・安全だという一点張りでまったく説得力がなかった。そもそも、住基ネットで扱う情報は、氏名、生年月日、性別、住所程度であるのだが、住基ネット反対派は、プライバシーが暴かれるか如く大いに騒ぐ。住基ネット賛成派は、セキュリティは万全と言い張る。なぜ、お互いに事実をきちんと把握した上でまともな議論が出来ないのか。人が絡むシステムに絶対のセキュリティは無いのだから、トラブルがあった場合の対処法も含めた安全度を真面目に議論・説明するべきだ。

鳴り物入りで導入された住基ネットは10年経過した現在、はたして有効利用されているのだろうか?最近マイナンバー制度の議論が進んでいるが、そもそも、住基ネット導入時に発行された個人のナンバーは何だったのだろうか?

当時からナンバー自体の重要度に疑問があった。郵便で送られてきた住基ネットナンバーは書留でもない、中が透けて見える様な白い封書であったと記憶している。ナンバーの重要度が分からなかったので、市役所になぜ普通郵便なのか問い合わせてみたところ、不満ならナンバーを再発行しますよという回答であった。あー、そんなものなのかと、説明責任のいい加減さに、とほほな気分になったのを思い出す。

さて、マイナンバー議論は盛り上がるのか???

2013/08/27 23:01 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

特許権の帰属

先日7日に、「知的財産政策に関する基本方針」が閣議決定された。その中身で話題になっているのが、特許権の帰属を企業に変更する検討を盛り込んだことだ。
基本方針では職務発明制度について「抜本的な見直しを図り、(特許権は)法人帰属または使用者と従業者との契約に委ねる」と明記されている。

この様な検討の背景には、以前に従業員が高額の対価を求めて企業を訴え、企業が支払うケースが相次いだことがあるのだろう。まぁ、検討すること自体は悪い事ではないし、色々な議論をして結果として良い方向に導いて欲しいものだ。ただ、特許を会社側に帰属させるよう求めるという短絡的な発想は、現場を理解していない経団連の幹部などが後押ししたものだろうなと世間の目には映る。

なぜ、体制維持を重視する方々(ある種の既得権益者)は、この様な刀狩的な発想しか出来ないのだろうか。高額の対価を求めて発明者と企業が争うことによって、企業側に不利益が出たことも事実だが、それは、従業員が攻めてくることに対する企業側の準備が足りなかったり、或いは、想定力が足りなかっただけの話である。今となっては現行法でも十分対処策を整えることは可能だ。特許法を変更するほどの事項でもないし、むしろ、変更することによって生じるデメリットを危惧すべきである。イノベーション重視、起業家を増やすべきといっている経済・国家戦略ともまったく整合性がとれない。

確かに特許権を企業に帰属させている国もあるのだが、日本に適したシステム作りをする為に、大いに、且つ、迅速に議論する事を期待する。

2013/06/11 19:13 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

栃木城

お城ネタの続編。

皆川氏と言えば、皆川広照が有名である。信長、秀吉、家康とも通じていたらしい。秀吉の小田原征伐の際は、最初北条氏について小田原城にいたらしいが、落城前に家康に投降している。その広照が築いたのが栃木城である。勿論、残っているのは城址であり、規模は小さいが、ここも栃木城址公園として管理されている。

公園の看板には、『天正十九年(1591)皆川山城守広照が皆川城にかわるものとしてこの地に城を築きました。』と記してあった。

栃木城址


公園は小規模なのだが、周辺の民家は結構立派で、次のことが記された看板が目をひいた。

『戦国時代、坂本與兵衛は、小大名皆川広照の家臣で、栃木城を守った。その報奨として、連歌の「巻物」を貰いました。その後、百姓となり、寺子屋を開きました。「巻物」が伝わっています。(長さ4m50cm)』

2013/05/07 23:12 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

皆川城

私は、城を鑑賞することが好きである。まぁ、日本人は皆好きなんだろうけど。これまで、日本中の城、或いは城址を結構見てきた。残念ながら歴史的な役割を演じていた頃の城姿を残しているものは、きわめて少ない。むしろ、城址の方が圧倒的に多い。
城址は、それはそれで、当時の風景を勝手に想像出来る楽しみもある。先日、久しぶりに面白い城址を見る機会があったので紹介したい。皆川城址である。

現在は、皆川城址公園として整備されている。立て看板には、皆川城は、室町時代皆川氏を名乗った長沼秀宗が築いたと記されてあった。城は、山の形をそのまま利用したもので、「法螺貝(ほらがい)城」とも呼ばれているらしい。下の写真を見てもらえると雰囲気が伝わると思う。

法螺貝城

上の写真の右側から撮った写真が下の写真で、上の方に見える展望台として使われている櫓のある場所が、本丸のあった所の様だ。

皆川城


GW中に訪れて、一時間程度滞在した間に出会った人が一人もいなかったのは、寂しい限りだが、良い場所だと思うので、是非、興味がある方は、訪れて欲しい。
登城口ともなっている皆川地区公民館がある場所に駐車スペースもあるので手軽に車でもOK!

2013/05/07 20:16 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

 | BLOG TOP |  NEXT»»